…朝から、嫌な天気。
雨も少しぱらついている。
このままだと、夜には大降りだろうか。
風が冷たく、もう秋とは呼べない寒さが、肌にしみる。
だけど、そんなことをわざわざ気にかける気分じゃない。
別に風邪を引いたって構わない。
ただ、今は一刻も速く家に帰り、さっさと寝てしまいたい。
その一心で、自転車をこぎ続けていた。


(…あーもう、何なんだよくそっ)


―いつだって、ドラマは起きると信じていた。


目の前、あと少しというところで、横断歩道の信号が赤に変わった。
(…っ)


―どんなに窮地に立たされたとしても、最後には何らかの形で無事に事が収まるもの だと思っていた。


急ブレーキをかける。そのまま突っ込んでしまおうとも思ったが、横で止まっていた 車が勢いよくアクセルを踏みこんだので行くことができなかった。車が前を通り過ぎる時、 運転手がこっちを睨んでいた。
(いいじゃないか別に。止まってやったんだから!)


―実際、そんな感じで人生を過ごしてきた気がする。決して望んだ通りにはならなか ったけれど、絶対に、最悪にもならなかった。どこかで、救いの手が差し伸べられていた。 別の分野で誉められたり、成功したり。本気で落ち込んだ事なんて、殆ど記憶にない。


雨と風が少し強くなってきた。顔がヒリヒリする。
スピーカーから、奇妙な鳥の鳴き声らしき雑音が流れる。それに反応して、歩道の先 の洋服店の前にいる子犬が、急に吠え出した。子犬は、自分の目の前を通りすぎる人間に 次々と襲いかかろうとしては、電柱と結ばれたヒモに阻まれて失敗していた。

スピーカーの音が止み、信号が変わった。子犬も落ちついたようだ。ギアを一段下げ、 思いきりこぎだす。…が、すぐに、おしゃべりしながらゆっくりと並列して進む女子高生 達に前方を塞がれた。
(どけよっ、このヘタレ女子高生!)


―中学校までは、常に、何かで一番だった。何故だか知らないけど、みんなのトップ に立っていた。学級委員だったり、絵が上手かったり。根がわりと真面目な方だったから、 先生達からも信頼されていた。だから、思いきりよく他の分野にも手を出す事が出来た。 一番で在る事が誇りであり、自信を生んだ。そしてなにより、失敗しても誰かが助けてくれる という、経験から生まれる絶対の安心があった。


(何がまずかった?何でこんな結果になった…!?)
道路沿いのコンビニに、同じ高校の三年生の自転車が数台、止まっているのが見えた。 その横に、その自転車の持ち主と思われる生徒数人がたむろして座っていた。
(学校の恥っ。それでも受験生か!?)
別に勉強が特別得意なわけでもなければ、受験に対し大きな危機感を持っているわけ でもない。けれど、今はそんな気分だった。


―高校に入ってから、それが一変した。 どの分野でも、自分よりも優れたものを持っている生徒が多数いた。自分が一番になれるものは、 どこにも存在していなかった。そして、今までの友人関係が、他人から自分が信頼されるという ことで成立していたので、自分からコミュニケーションを取りに行くという行為を酷く苦手に 感じ、挨拶や二言三言の会話だけの、上辺の付き合いばかりになってしまっていた。さらに、 そこで初めて、誰かが助けてくれるという安心感が、如何に他力本願で危ういものだったのか にも気づいたのだった。



どんどん周りが薄暗くなっていく。
(みんな敵だ!周り全部敵だよ、ほんとに!)
枯れ落ちたカエデの葉を、タイヤで引きながら走る。この葉の量からして、紅葉もも うすぐ終わりだろう。後には全て剥がれ落ちた、丸裸の木が寒そうに縮こまっているだけ だ。踏みつけようとした葉が、風に流されて上手い具合にタイヤを避けた。
(…っ)
前を見ると、もう葉は落ちていなかった。


―挫折は今回が初めてなわけじゃない。入学以来、何度も味わってきた。色んな事を やっては、同級生達に打ちのめされ続けた。明らかな差を感じた。勉強やスポーツは元よ り、友人との付き合い方、人のまとめ方、物事の考え方…。それぞれが独特の個性を持ち、 輝いて見えた。誰もが悩みを抱えているというが、それでも何か一生懸命なものを持ち、 その時だけでも、輝いていた。少なくとも、何も持たない自分にはそう見えた。


まだ家には程遠い距離。今日四度目の信号に引っ掛かり、左のブレーキを、二本の指 で交互に叩いていた。すると、少し前に中学生が五人、笑い合いながら歩いているのが見 えた。男子二人に、女子が三人。
(いいよなー、中学生は。ったく!)
やたらムシャクシャして顔をそらすと、その先に、同じく中学生が今度は男女二人で歩いて いるのが目に入った。
(…あー、もーっ)


―劣等感はいつまでも続いた。今までずっと保ってきた優越感を一気に失い、愚かな 執着心から割り切ることも出来ず、ただ表面上だけでも綺麗にすることで精一杯だった。 新しくやり直したつもりでも、いつも、どこかで一線を引いていた。それ以上に踏みこん でこられると、今まで以上に自分との差を見せつけられて、自分自身の存在がいよいよ壊 れてしまうような気がしたから。けれど逆に、無理矢理にでも足を踏み入れて、自分を連 れ出して欲しい、今の自分を変えて欲しいという願いもあった。それこそ他力本願で、誰 かが助けてくれるという昔からの大きな勘違いに変わりないのだけど。


少し下りになった。ここまで本気でこいで来たので、冷たい雨風も汗をかいた身体に は少し気持いい。ぼぅっと足元ばかりを見ていて、はっと顔を上げた瞬間、横道から女子 高生が出てきた。
「!!」
(…!おっと)
ギリギリで避ける。今のは完全にこちらに負があった。女子高生の視線を背中に感じ ながらも、そのまま止まる事なく走り去った。
(人が折角少し気分が良くなったってのに…いや、そんな風に思うのはさすがに悪い か…)


―変わろうとした。けれど変われなかった。しかし、それは環境要因ではなく、明ら かに自分が過去に固執し続けている結果である事くらい、わかっていた。わかっていたに も関わらず、結局過去の自分を、過去の栄光を捨て切れないでいた。


(今回の事で、少しは変われるかな…。ははっ、また客観的に見てるよ。変わらなき ゃっていう意識を持たなきゃなんないのは自分自身だろうに…)

熱も冷め、雨風がまたただの嫌悪の塊に感じられだした。早く帰ろう、そう思った矢 先、目の前の信号が、見計らったように点滅し始めた。
(…っ)
急いでペダルをこぐ。今度は車がいない。このまま突っ込めば大丈夫――
「!うぁっ!!」
足元に小さな段差があったらしい。ペダルを思いきり踏み外し、バランスを崩したま ま自転車は濡れた歩道を滑って行く。そして一、二メートルほど滑ると、横断歩道一歩手前 で大きな音をたて転んだ。ペダルの先に足首が、丁度サドルの下に太ももが挟まれた状態 になり、したたかに打ちつけた背中と共に激痛が走る。
「……ってぇ…」
(なんでこんな…悪い事悪い事ばっかり…感情的になるからいけないのか?全部自業 自得なのか!?…がんばってるじゃないか!なんでこんなに上手く行かない!!?)


「あーー、くそっ!!」


ふふふっ…
背後で声がした。まずい、近くに人がいるなんて気がつかなかった。
「……」
ゆっくりと立ち上がり、自転車を起こそうとする。手のひらを少し擦りむいていたら しく、ズキズキと痛む。
「大丈夫?手伝おうか?」
「!…いや、いいです、別に…」
恥ずかしさに追い討ちをかけてくる。その時初めて首を持ち上げ、相手の顔を見た。
「久し振り」
「え…あ…」
さっきぶつかりそうになった女子高生だった。自分がこけている間に追いついたらし い。顔は笑っているが、本当の所はかなり怒っているのだろう。いやそれとも、いい気味 だという心の底からの笑いなのだろうか。とにかく、一刻も早くこの場から逃げ出したか った。
「あ…さ、さっきはすいませんでした。あの、すいません、急いでるんで」
(実はまだ赤でした、とかいうなよ…)
振り返ってみると、信号は丁度青になった所だった。さっさと行ってしまおう。

「高校って、自分より上に思える人がたくさんいるから、面白いよねー」

「……は?」
突拍子もなく、そんな事を背後から言われては、振りかえるしかないのではないだろ うか。
(何だ、変なやつ)
初めて目が合った。…何処かで見た覚えのある目つき。


―昔、一度だけ、今みたいに毎日が自己嫌悪な日々があった。中学一年の時。はっき り覚えている。…クラスに一人、どうしても勝てない人間がいたのだ。


「どうせまた誰かに負けて、悔しくなって逃げてきたんでしょー?顔も…性格も変わってないみたいだから すぐ思い出せたよ」


―あの時も、こうやって一人自分を責めながら、誰も相手にせずに帰る事がしばしばあっ た。その事を思い出すと、やりきれない気持ちになるだけで何に一ついい事がないので、なるべく意識しないようにし ていた。あの時も、変わろう、変わらなきゃならないと強く思いつつも、結局何も変わる 事の出来ないまま、相手が転校してしまうという事実で幕を閉じた。


(あれから三年も経つっていうのに、結局、何一つ…)
「忘れたフリ?ダメだって。たしか記憶力はよかったもんね?」


―転校と言っても同市内で、仲の良かった友達等はその後も時々会っていたそうだ。 相手のとにかく嫌だった所は、やることなすこと全てが自然で輝いていた事。そして、そ れを見てひたすらあがいては泥沼にはまっていく、こちらの心情が察されていたという事… そう、あいつはいつだって、そんな俺を見て、困ったような笑みを浮かべていた。それもまた、ごく自然な表情だった。とても澄んだ目で。


(今高校でも色んなやつがいるけど、あいつが一番完璧だった気がする…)
「何をするにしても小手先で感覚任せで、そんなんで一生懸命やってる相手に勝てるわけないじ ゃない」

…とは、転校前のあいつに言われたセリフ。という事は、やっぱり…
「…あぁ、久し振り」
「おっそーい」


―変わろうと思い続けてきた。変わらなきゃならない必要性は十分に感じてきたつも りだった。どうしてあと一歩が踏み出せないのか、今でも疑問に思い、そして自己嫌悪の悪循環 にはまる。とりあえず原因の一つとして、土壇場で助けられてきた運の良さが挙げられる のは確かだ。それに甘んじて今日までやってきてしまった。


「へぇ、高校近いじゃん。また今度会ったら、よろしくね」
「え、あ、あぁ…わかった」




―いつだって、ドラマは起きると信じていた。






〜Re:Start〜
(人格更正恋愛ドラマ)







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