「復讐の時」


少年は死のうと思っていた。
長い間、ずっと考えていた事だった。
親からは小言を言われ、同級生からは格好のうっぷんばらしとなり、成績の悪さから教師達からも見放されていた。少年の居場所は最早自室しか残っていなかった。
少年は死のうと思っていた。
「僕が死んだら、僕が今までやられてきた色んなことが明らかになるはずだ。そうしたらきっと警察やマスコミが押しかけて、あいつらは今まで通りの生活が出来なくなる。それが僕に出来る唯一の復讐だ」
ある日の夕方、少年宛に小包が届いた。少年は自室にこもると、その包みを慎重に開いた。中から出てきたのは一丁の拳銃だった。少年がインターネット上で手に入れた物だった。ずっしりとした銃身を手のひらに感じながら少年はゆっくりと立ち上がり、一台のノートパソコン以外には何も置いていない机に座ると、一枚のフロッピーをそのパソコンに入れ、電源を立ち上げた。少年は拳銃を傍らに置き、キーボードをカタカタ…と手早く打った。すると、画面上に文書ファイルが開かれた。そのファイルの一行目には「僕が今までやられてきたこと No.12」と題されていた。
「さぁ、お前達が僕をいじめながら楽しく暮らす日々は今日で終わりだ。」
ディスプレイを見つめながら、少年はにやりと笑った。
「今まで散々やってくれたよなぁ。…トベにはクツの中にミミズをいれられた。ムラキはいつもいつも僕を買い出しに行かせた。ヤノサンは僕の一生懸命書いたラブレターを黒板に張り付けてみんなに公開しやがった。ソノダセンセイには授業中何度僕の頭を叩かれたことか…」
少年はゆっくりと画面をスクロールさせながら、落ちついた感じで呟いていた。
「でも、今日で終わりだ。僕は今からこの拳銃で死ぬ。復讐の為に」
少年は拳銃を手に取った。安全装置が外されている事を確認すると、銃口を自分のこめかみに突き付けた。少年は目を瞑った。じんわりと手に汗が滲む。心臓が大きく脈打っているのがわかった。
「………ハァ」
少年は拳銃を持った方の手をだらんと垂らした。
「べ、別に死ぬのが怖いわけじゃないさ。でも、もうちょっと色々振りかえってから死んでもいいじゃないか…」
誰に言うでもなく、少年はそう呟いた。その時、画面上に展開されたファイルの一番下にかかれた文章が、少年の目に止まった。
「10月14日…ムラキにモデルガンで撃たれる……?」
そうだ、と少年は立ち上がった。
「あんなやつらの為にわざわざ僕が死ぬことはない。僕がこの銃であいつらを殺してやるんだ。銃口を向けられたあいつらは僕に今までやってきたことを心から後悔して、『殺さないで下さい』って泣きながら謝るんだ。もちろん僕はそんな事言われても絶対に許さないけど」
少年は嬉々とした表情で、自分に泣きすがる同級生や教師達を撃っていく様を想像した。そしてゆっくりと拳銃に目をやった時、少年ははっとした。拳銃本体を手に入れるのに予想以上に費用がかかってしまった為、銃弾を二発しか買えなかった事を思い出したのだ。
「どうせ自殺するつもりだったから、予備を含めて二発で十分だと思ってたけど…これじゃ全員を殺すには全然足りないな…」
しばらく少年は考え込み、やがて一つの策を思いついた。
「そうだ、今までのフロッピーにメモされていることを全部チェックして、僕をいじめた回数が一番多いやつから殺そう。もう一発は…そうだな、一応の予備として使わずにおくとして、まず一人だ」
少年は引出しを引っ張ると、重ねてあった残り十一枚のフロッピーを取り出した。「No.1」と書かれた一枚を今まで入っていたものと取り替え、再びディスプレイ上に文書ファイルを展開した。
「一枚目が一昨年…中三の四月からスタートしてるから…大体二年半分か」
少年はノートを開き、画面上と交互に見ながら、ボールペンで今まで自分をいじめてきたことのある人間の名前をピックアップしていった。
「ハシダに蹴飛ばされる所から始まってるのか。こいつはとんでもないやつだったからな。赤信号の横断歩道を先生の前で無理矢理渡らされたこともあったっけ。次は…ああ、こいつか…」
少年はファイルのチェックに没頭した。ノートには幾人かの名前が書きこまれ、一人一人名前の横に「正」の字が加えられていた。三枚目のフロッピーをチェックし終えた時、少年は一度背伸びをした。
「ふぅ…これで中学は卒業か…ここまでのトップはダントツでハシダだけど…高校になってからは会う機会も減ったし、まだ分からないな…」 少年は「No.4」と書かれたフロッピーを手に取った。時刻は既に深夜をまわっていたが、そんなことおかまいなしに少年は黙々と、時に何事か呟きながら、ノートに「正」の字を書き込んでいった。
やがて夜が明ける頃、遂に少年は全てのフロッピーをチェックし終えた。ノートには何ページにも渡り、様々な名前がぎっしりと書かれていた。そしてその中に、ひときわ延びた「正」の字の列が三本見てとれた。
「へぇ…こりゃ面白いことになってきたなぁ…」
完全な徹夜をしたにも関わらず、少年は生き生きとした表情でノートを見つめていた。
「ハシダとトベとムラキが、殆ど並んでるじゃないか…。でもハシダとはもうあんまり会うことはないだろうから、トベとムラキの二人になるな。しかし、ムラキは高校に入ってから『ハシダ二世』みたいに思ってたから別に驚きはしないけど、トベにもこんなにやられてたなんてなぁ。確かに中学の時からちょくちょくちょっかい出されてたけど…」
下の階から、母親が自分を呼ぶ声が聞こえた。そろそろ学校へ行く時間だ。わかってる、と少し大きめの声で答えると、少年は一つ、大きな深呼吸をした。
「どちらにしろ、今日一日で全てが決まる。僕が銃口を向ける事になるのは、トベか、ムラキか…ふふふ…あははは」
少年は嬉しくて堪らなかった。今日、今まで自分をいじめてきた相手の裁決が、自分の手によってくだされる。絶対の力を手に入れた自分に、最早敵はいない。例え一度きりの力だとしても、周りに知らしめるには十分なはずだ。
手早く着替えをすませた少年は、朝食もろくとらないままに家を出た。学ランの裏ポケットに突っ込んだ拳銃を、少年は制服の上から何度も触った。その存在を確認する度に、大きな安心感に包まれて幸せな気分になった。
(今日一日何事もなければ、死ぬのはムラキだ…。もしトベが何かやってくれば、二人ともが並んで分からなくなるな…)
「よう、スズキじゃねぇか」
「痛っ」
昇降口で自分のクツを脱ごうとした瞬間、少年は何者かに突き飛ばされた。元々片足でバランスを崩した状態だった少年は、成す術もなく一メートルほど後ろに転がり、腰と背中をしたたかに打ちつけた。少年が顔を上げると、そこにはムラキの姿があった。
「相変わらずトロイんだよ、お前。もっとしゃきしゃきしろよな。邪魔なんだよ」
いつもなら涙をこらえて、ただ我慢を強要される所であったが、今日の少年は違った。決まりだ、と少年は思った。これでムラキが二歩リードだ。もうトベが追いつくことはないだろう。少年は不敵な笑みを浮かべると、胸ポケットに手を入れた。汗がじわりと滲んでくる。心臓が、自分に銃口を向けた時のように、とてつもない早さで鼓動していた。
「…?何してるんだ、お前…」
ムラキが一歩、少年に近づいた。今だろうか、それとももう少し、確実に狙える所に来るまで待つべきだろうか。…少年が躊躇している内に、始業五分前を知らせるチャイムが鳴り響いた。
「ちっ、お前なんかにかまってたら無駄に遅刻しちまうじゃねぇか」
ムラキは少年から離れ、早々に階段を上っていった。
「…くそっ」
別に怖いわけじゃないけどさ、と少年はため息をつき、突き飛ばされた際に脱げたクツを拾うと、上履きに履き替えようとした。
「…!」
上履きには納豆がはいっていた。トベだ。今朝計算してみてわかった事だが、トベにちょっかいを出され始めてから約二年の間、ニ週間に一度はこうやって上履きに何か入れられていた。なのにまるで学習せず毎回毎回そのワナに引っ掛かっていたことを少年は少し恥じた。今、初めてその難を逃れる事が出来たのは、ある意味快挙だったのだが、少年は全く喜びもせず、ただ顔をしかめるだけだった。
「やっぱり、さっきやっておけばよかったかな…。いや、このままトベが逆転したらトベを殺せばいいだけだから、別にいいのか…」
教室に入ると、自分の机の上にくさったパンが置いてあった。先ほどと同じく、こういった陰湿な事をやってくるのは、トベだ。ついにトベがムラキに追いついてしまった。少年はどちらを殺せばいいのかいよいよ悩み出した。
(まぁ、いいさ。せいぜい僕をいじめて、自分の寿命を縮めていけば…?どっちがリードするんだろうなぁ…ふ、ふふ)
昼休み、いつも通り、ムラキが少年に買い出しを命令した。いよいよか、いや、パンを渡す瞬間がいいか…などと少年が考えているうちに、トベが少年が自分の為に買ってきたパンを盗って食べていた事がわかり、再び二人が並んだことになった。そして、その日はそれから特に何もないまま、一日が終わった。普段ならこの程度ですんだ事にほっとしながら帰る所だが、今日の少年は、やはり顔をしかめるばかりだった。今からムラキにちょっかいを出して、自分から殴られに行こうかとも思った。
(いや、それだとフェアじゃないからな…。やっぱり向こうからやってきたことだけをカウントしないと…)
そう思いながら横断歩道を渡ろうとしていると、突然背後からドンッと蹴飛ばされた。
「久し振りだな、スズキ」
はっとして振り返ると、目の前にハシダの顔があった。
「ハ、ハシダクン…」
「最近しばらく会わないと思ったら、こっちの道通って帰ってやがったのか。…ふぅん、まぁいいや。今日、ちょっと付き合えよ」
その時、とっさに少年の頭に浮かんだのは、恐怖や後悔の念でなく、いじめられた回数のことだった。今朝の時点でハシダはムラキよりもニ回ほど少なかった。今日の分を合わせると…あと三回分、ムラキがリードしていることになる。
「…わかった、でも今日はあんまりお金もってないから、お酒とタバコと…マンガで勘弁してよ」
「ああ、いいぜ。これからまた色々と世話になるつもりだから、今日はそんくらいでな」
ハシダと別れた後、足早に家に帰った少年は、部屋に鍵をかけたことを確認した後、拳銃を取り出し、そしてパソコンの電源をいれた。拳銃は少年の汗でべとべとに濡れていた。少年はそれをハンカチでしっかりと拭きながら、今日の事をパソコンに打ち込んだ。
「これで、三つ巴か…ふふ、面白いじゃないか。僕を中心に、三人もの人間が死へのレースをしているんだ…僕を中心に…」
それから、少年には悩める日々が続いた。しかし、それは今までの苦悶の日々とは違い、楽しみとも言えるものだった。いじめる相手が自分の手のひらで踊っているに過ぎないと思うと、どんなことをされようが耐える事が出来た。
「今日はトベが一歩リードだな。でも、今までのことからして明日はムラキに買い出しに行かされるはずだから、また追いつくか…」
しばらくすると、ハシダが週末に特に少年を呼びつけるようになったので、総計は一週間に一度にすることにした。
「あっ、先週はムラキがニポントも勝ってるじゃないか!よかったなぁムラキ。僕が忘れてなかったら先週のうちにもう死んでる所だったよ。あはは」
それから半年が経ち、少年は無事三年生に上がった。ハシダが留置場送りに、ムラキが留年した事でトベの独壇場になるかとも思われたが、去年の三年生で留年したオイカワという男がストレスからか少年を執拗にいじめるようになり、少年の悩める日々は終わる事はなかった。

「ああ、先生、ちょっと見てくださいよこれ。うちのクラスのスズキってやつの成績なんですが…どんどん上がってるでしょ?去年の秋頃から急に勉強するようになって、留年確実って言われてたのに、今じゃクラストップだ。何やら楽しみが出来たから、他の事にも集中するようになったとかどうとか…とにかく、あいつがこれからどのくらい伸びるのか、楽しみですよ」
少年の部屋、机の引出しには今も、20枚を越えるフロッピーディスクと一丁の拳銃がしまってある。





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