「ちょっとすみません。あなた、あなたの家のにわにはにわにわとりがいません?」 「い、いや、いないけど…。」 この老人は一ヶ月前、突然に家を出た。そして、行く先々でこんな質問を繰り返しているのだった。 「もし、あなた。家ににわにわとりがいませんかね?」 「な、何ですか急に。うちはニワトリなんて飼ってません。」 「そう…。」 出会い頭に突然質問をされて、人々はただ困惑した。何故こんなことをしているのか、理由を聞いても全く答えようとしない。老人は、行く先々で変人扱いされていた。 それでも、老人は旅を続けた。いつしか老人は、住んでいた家から二つも県境を越えた、山間のとある住宅地に来ていた。 「あのう、あなた、そこのあなた。あなたの家のにわにはにわにわとりがいませんかねぇ?」 「…?いえ、うちにはいませんけど…。」 「そうですか。…いや、どうもありがとう。」 「あ、でも、この先の○○さんて方の家には、確かいたと思いますよ、ちょうど二羽。」 「!本当ですか!?○○さん、とおっしゃいましたか。この先にお住まいなんですね?」 「ええ。でも、大丈夫ですか?ずいぶんと顔色がお悪そうですけど。」 「いえ、これしきのこと、大丈夫ですよ。私の旅も、やっと終点です。本当にどうもありがとう」 「…?」 ピンポン。 玄関の呼び鈴が鳴り、若い男性が対応用の受話器を取る。 「はい。」 「○○さん…ご主人ですか?」 「ええ。そうですが。何の御用でしょう?」 「あなた、家のにわに、にわにわとりを飼ってらっしゃいますね?」 「?ああ、ニワトリね。ええ、いますよ。二羽。それが、何か?」 「ああよかった!今すぐ、出て来ていただけませんか?あなたに、お話があるのです。」 ガチャリという音と共にドアが開き、若い男性は老人と向かい合った。 「お話とは、何でしょう?」 その時だった。 ポン。 老人は男性の肩をたたき、そしてこう言った。 「さあ、今度はあなたの番だ。」 「…?何のことです?」 「…私は一ヶ月前、年老いた女性に出会った。そして、こう聞かれたんだ。 『あなたは、とうきょうとっきょきょかきょくで、きょうきゅうきょきょかをきゃっかにされた、××さんですね?』」 「は、はあ?」 「実は、私は自称の発明家でね。その日、ちょうど新しく開発した作品の特許申請が不手際で却下されてしまい、ふてくされていたのさ。そんな時、私の噂を聞きつけた彼女が訪ねてきた。そして私がうなずくと、涙を流しながら私の肩をたたき、言ったんだ。 『次はあなたの番です。』とね。」 「…意味がわかりません。一体何のことです。いたずらなら帰ってください。」 男性の顔ははっきりと不快の色を示していた。しかし、老人はドアを閉めようとする男性の腕をしっかりと掴み、話を続けた。 「彼女は、私にいろいろ教えてくれた。二ヶ月ほど前に不思議な老人に出会い、なまむぎとなまごめとなまたまごを譲った途端、肩をたたかれたこと。本当はハタチの学生であること。一日一歳くらいのペースで、歳を取っていったこと…。一通り話し終わると、最後に彼女は、笑って、こう言った。 『では、あなたは、家のにわににわにわとりを飼っている人を探してください。』」 「…それじゃ、あなたは…。」 「そう、私も本当はまだ三十歳半ばさ。二羽ちょうど、というのは意外と難しくてね。多くの時間を費やしてしまった。」 「ぼ、僕は、どうなるんです…?」 「そうだな。さしずめ…」 ピンポン。 「はあい。…あら、○○さん。おひさしぶり。どうしたの?」 「おばさん最近、たけがきにたけたてかけられませんでしたっけ?」 「え?いや、してないけど。…それにしてもあなた、前からそんな老け顔だったっけ?」 |