【つかの間の未来】
「起」



急激な大変動により地球が深刻な食糧危機に陥ってから数年、明日の食事もままならない中で、博士はついにタイムマシンを完成させた。
「ただ、タイムマシンと言っても、とても限定的な時間移動しか行えない」
「どういうこと?」
博士の妻が聞くと、博士は答えた。
「きっかり1000年後の未来へ移動することと、タイムマシンを使った1分後の現代へ戻ってくることしかできないんだ」
でもそれで大丈夫だと博士は続ける。
「1000年後の未来へ行って、食料を分けてもらうのさ」

タイムマシンは時間の波を滑らかに超えるために丸い形をしており、中には大人2人が楽に横になれるほどのスペースと、小さな食料保管庫があった。
「僕がひとりで未来へ行ってくる」
と博士は言った。もし1000年後に地球がなくなっていると、博士は宇宙に放り出されてしまう。地球が無事でも、現代以上に荒れ果てていたりしたら、何も持って帰られない。不安は大きかった。
「無事に帰ってきてくれれば、それで十分よ。この子には食べ物も必要だけど、父親はもっと必要なんだから」
妻と、3歳になる息子に見送られながら、若き博士は1000年後の未来へと出発した。

未来は博士を驚かせた。
「こんなに生い茂っているとは!」
一瞬の揺らぎの後に辿りついた未来は、鮮やかな緑に包まれていた。背の低い木々にたくさんの果実がぶら下がっている。現代の図鑑には載っていないものばかりだが、成分を調査すると、栄養満点で、害のある成分は含まれていないようだった。ためしにひとつかじってみる。大変甘かった。
博士はしばらく野生の果樹園を歩き回ったが、人の気配はない。代わりに見知らぬ動物たちと遭遇したため、いったんタイムマシンへと避難した。
「話の通じる相手がいれば、果実の栽培方法だとか、環境の復元方法だとか、教わりたかったのだが…もしかしたら人類は滅んでしまったのかもしれない。いても、この場所ではない遠くかも…。一度食料を持ち帰って、準備を整えてから、また来よう」

博士はタイムマシンの周囲に実っている果実を、保管庫だけでなく、タイムマシンの空きスペースにも詰め込み、帰りのスイッチを押そうとして、ふと考えた。
「こんなに持ち帰ると…過去が変わって、二度のこの未来に来られなくなるかもしれない」
もし人類が、現代の環境悪化によって滅んでしまう運命なのだとしたら、博士が持ち帰る食料は、その運命に影響を与えてしまうかもしれない。未来は繊細なものだと博士は考えている。未来が変わった結果、人類が生存しており、過去の我々を救ってくれるのならば良いが、最悪なのは、博士の家族が生き延びるだけの食料を確保する前に、未来が滅んでしまっていることだった。
博士は、家族3人が3、4日間は満足に過ごせる分だけの量を保管庫に残し、余った果実を全て捨てた。
「僕の望みは、まず何より、大切な家族が生き長らえることなんだ。未来が変わらず、家族が満足するだけの量を、僕が毎回持って帰れば良い」

妻と子が心配する間もなく、博士は出発してから1分後の現代へ戻ってきた。
その日の食事は豪勢だった。残り少なくなった缶詰の肉でも、植物の枯れた土を溶かしてこねたパンでもなく、瑞々しい栄養満点の果実だった。
「まるで魔法みたい!」
妻と子は大いに喜んだ。魔法、などと科学とは真反対の表現をされたものだが、妻子から見れば、いなくなったと思ったら、湯を沸かすよりも早く、大量の食料を持ち帰ったのだ。魔法と言った方が正しい気もする。博士も大変喜んだ。

タイムマシンは1度の時間往復におよそ3日分の太陽エネルギーが必要だった。博士はその間、果実の種子を保存し、栽培方法を検討したが、現代の荒れ土ではどうしても育てられないことが分かった。
「やっぱり僕が現代と未来を往復し続けなければならないみたいだ」
前回の実地調査から、少なくともあの果樹園には、危険な、未知の細菌などはいないと思われた。もしかしたら、現代の人間にとって奇跡的に安全な土地なのではないだろうか。「3人揃って未来へ移住するという案もあるのかもしれない」博士は少しだけ考えた。

未来が変わってしまってはいないか、という博士の心配は杞憂に終わり、未来は数日前に訪れたときと変わらない実りを見せていた。
「間違いない、この間と同じ世界、同じ場所だ!」
窓の外を覗くと、博士の背と変わらない高さの杭に、祖国の旗が結ばれていた。前回訪れたときに立てておいた目印だ。
博士は、前回調査した箇所を中心に食料を集めて回った。背負ったカゴいっぱいに果実を詰めてタイムマシンへ戻ってくると、「出てきても大丈夫だよ」と扉に向かって言った。すると、扉の中から妻と子どもがおそるおそる出てきた。「一緒に着いて行く」と言って聞かない2人を、博士は仕方なく連れてきていたのだった。 タイムマシンの中で食事をしながら、あらためて博士が「本当に君は命知らずだな」と妻へ言った。すると妻は、
「どうせあなたが帰って来られなかったら、私たちの未来はないんだから」
と返し、博士は言葉がなくなってしまった。息子は、ひとつだけ獲れた星型の果実を満足そうに頬張っていた。

その日は未来に泊まった。
夜、赤や黄色の山のような果実に囲まれて幸せそうに眠っている妻と子を見ながら、博士は未来への移住について考えていた。まずは数日、住んでみるつもりでいる。
「明日は持ってきた電気銃を使って小動物や川魚を獲ってみよう。果実と同様に害のないことが確認できれば、いよいよ栄養不足に陥ることはなさそうだ。明日は一度現代へ帰って…日常生活に必要な物を…」
しかし、移住への不安も大きかった。未知の世界への不安は数え切れないが、何よりも、もし人類が滅んでしまっているとしたら…ただ3人だけがこの楽園に取り残されてしまうことになる。何をすれば良いのだろうか?家族が生き長らえる分には理想的な場所だが、それだけでは生きる目的が失われてしまうように感じた。今でこそ山奥へ避難し家族3人だけで生活しているが、それは市街地の混乱から身を守るための一時的なものだ。人々はみな、いつか再び集団で社会的な生活ができるようになることを願っている。それは博士自身も、妻も同じ気持ちだった。
「未来には、できるだけ多くの人々を連れて来るべきなのかもしれない…」
博士は家族だけのことを考えていたつもりだったが、満腹とともに心に余裕ができたらしく、人類の未来にまで思索を巡らせ始めていた。
「しかし、そんなことが僕にできるだろうか?未曾有の環境変化に苦しむ世界中の人々を説得し、賛同者を得て、平和的だと思われる人間から優先的に少しずつ連れて来る、そんな救世主のような真似が…」
博士がつぶやくと、目が覚めていたらしい妻が「大丈夫、できると思う!」と声をかけた。
「あなたには、この魔法で世界中の人を救って欲しい!」
恥ずかしげもなく言う、博士は呆れながら妻を見つめた。しばらく、未来での暮らしについて夢を語り合った。

突然、博士の耳に低いうなり声のような音が忍び込んできた。音は小さく、タイムマシンのスタンバイ音に混ざって聞き取り辛かったが、たしかに外から聞こえてきていた。びくりとして、とっさに電気銃を手に取る。妻もやっと気づいたのか、息子の側に寄り身を縮めた。
博士が窓から外を窺うが、特に目立つものは見えない。強い風の音のようにも、獣の遠吠えのようにも、機械の動作音のようにも聞こえるその音に恐怖を感じる反面、強い興味を覚えていた博士は、妻に「合図をしたらタイムマシンの起動スイッチを押すように」と伝え、外へ出た。タイムマシンから5メートルほど距離を取り、周囲に耳を澄ませる。音は、頭上から降ってくるように感じた。博士が見上げると、そこには現代と変わらない月と、雲のほかに、小さな真ん丸い影があった。
「人工の飛行物体だ!人間だ!」

博士が感激し、空に向かって大きく手を振ろうとしたそのとき、茂みの奥から大きな熊のような獣が現れた。背が高く、幅は熊よりも細い。白い息を吐きながらゆっくりと博士の方へ向かってくる。博士は電気銃を構え、引き金を引いた。バリバリと音を立てて、銃口と獣の間に電流が走ったが、獣は平気な様子で博士へ向かう。博士は青ざめて、一目散にタイムマシンへ駆けた。獣が後を追いかけてくる。
「起動スイッチを押すんだ!」
博士が妻に向かって叫んだが、妻は起動スイッチのあるタイムマシンの中央部ではなく、扉の淵に立ち、「早く!」と手を差し出していた。博士が妻の手を取り、タイムマシンへ飛び乗ると、そのまま走りこみ、勢いままに起動スイッチを押した。
「扉を閉めて!」と博士が振り返りながら叫ぶと、そこに妻の姿はなく、開いたままの扉の先に、茂みに転げ落ちた妻の姿があった。起動時の揺れで振り落とされたのか。博士と獣の視線が交差し、真っ暗になり、「息子を…!」という妻の声が聞こえた気がして、一瞬の揺らぎの後、博士は現代へ戻ってきた。

3日後、息子を現代へ残し、博士はひとりで未来へやってきた。
未来は、相変わらず緑に包まれていたが、そこに博士が立てた祖国の旗はなかった。代わりにたくさんの建物があり、目の前の道路には自動車のような丸い乗り物がゆったりと流れ、そして人間が歩いていた。博士は側溝のような場所の上にぼうぜんと立っていた。近くを歩いていた人間が博士に気づき、博士の腰周りをぐるりと見渡した後、仰天して言った。
「星がない!あなたは、まさか救世主?」
途端に周囲の人間たちが集まってきて、口々に言う。
「ああ、たしかに救世主!」
「人類を救ってくださった!」
「我らの父!」
博士の前に現れる人間たちは、みな揃って、腰から星型の果実をぶら下げていた。いや、生えていたと言う方が的確だ。それは、あの日息子が食べていた…そして、現代に戻ってきた次の日、息子の腰から生えてきた…その果実と同じだった。

 




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