【つかの間の未来】
「承」



妻を置いて現代に戻ってきた後。
タイムマシンは、1往復するたびに3日間の充電期間を要する。博士の心労と緊張は極まっていた。息子の腰からは、星型の果実が3つ生えていた。息子はそれをもいで食べた。ほかの果実よりも美味しいと言う。しばらくすると、また3つ生えている。どうやら、息子の身体を果実が循環しているようだった。息子は、自分の一部となった果実を食べては生やし、生やしては食べた。3つをもいで、1つだけ食べさせても、半日後には3つ生えてくる。太陽エネルギーのような、外部の力も利用しているように思えた。
博士の身体に電流が走った。
「この果実を配り歩けば、みなを救うことができるかもしれない」
それは、未来を変えることを意味する。博士はそれきり、押し黙った。人類救済は、妻を救ってからの話。

しかし、博士の意に反して、未来はすでに変わってしまっていた。人類は救われた。
妻は、変わる前の未来に取り残されてしまった。次元的に消し飛んだとも言える。それがどのような状態かは、博士でも想像することができなかった。いや、あの獣を前にして、恐ろしい目に遭う前に、無意識の世界へ溶け込んだのだと思えば、それは良かったのかもしれない。
「…」
果たして間に合ったのか。あの浮遊物体は、なんだったのか。妻を助けてくれなど、してくれなかっただろうか。あのとき、あの未来へ、戻ることはできないのか。
博士は立ち尽くしていた。場所は巨大な建造物の中。タイムマシンで降り立った所からほど近く、背の高い未来人に案内された。大部屋の真ん中には石碑があり、博士も見知った文字で書かれているようだったが、文法が現代とは異なるようで、読むことができない。
「1000年前に生まれた【最初の星の子】が残した言葉です。【最初の星の子】とは、おそらくあなたの実の息子さんでしょう。ほら、ここ、あなたのことが書かれていますよ」

 僕たちを助けてくれたこの星は、父さんが未来で獲ってくれたものです。
 父さんは1000年後の未来へ行くことができるのです。
父さんは、最期まで星を食べませんでした。だから、父さんには星がありません。
みんなの前に父さんが現れたときは、歓迎してください。

「私たちは1000年、あなたの来訪を待ち続けました。感謝の意を示すためです」

背の高いこの未来人は、愛嬌のある人懐こい面持ちの男で、大学では史学を専攻し、現在は役所に勤めていると自己紹介した。
その後、人類は「星」と呼ばれる奇跡の果実によって食糧危機を乗り越えたこと、それは紛れもなく、博士が未来で獲り、息子が身体から生やしたものであること、博士と息子は星をほかの人類へ分け与え、星と付き合うことへの不安を取り除く行為に一生を捧げたこと、博士は65歳で死んだが、その後も息子は【最初の星の子】として世界を渡り歩き、最終的に数十億人を救ったこと…を明るく説明した。

「今日はこれから、あなたを歓迎会場へご案内することになっています」
と言って、博士を乗り物に乗せようとする。
ふと我に返った博士は、「それは困る」と焦って言い、タイムマシンへ向かって歩き出した。
博士は未来人の話に動揺していた。僕は…妻を置き去りにした未来へとんぼ帰りすることを諦めて、この未来を創り出す人生を選んだのか。いや、目の前の息子を救うためには、この果実に頼らざるを得なかったということか。しかし、そう簡単に受け入れられるものか。歯がゆいが、未来はもう変わってしまっている。変化を取り消すことは…と、博士は思いついてしまった。
「息子から生えた果実をすべて取り去ってしまえば…」それでもし、【あの未来】へ戻れるのならば、妻に再会するチャンスが生まれる。3人で暮らす分には、【あの未来】の食糧で問題なかったのだ。星の果実に頼る必要は、僕たち家族には、ない。これが最善の手。博士の足取りが早まった。

「待って」
未来人が博士の腕を強く掴む。
「帰ってもらっては、困ります」
博士が振り向くと、未来人の顔は大変強張っていた。悲しんでいるようにも、怒っているようにも見える。博士は嫌な予感がした。このまま、帰さないつもりではないか。
「いや、帰る。それも急ぎだ。急用でね。人類が救われてなによりだ。僕も嬉しい。僕はいつでもこの未来へ訪れることができる。また来るよ」
「でも…歓迎会が…」
「実はそう、息子にきちんとした星の食べ方を教えるのを忘れていたんだ。早く教えないと、この未来が失われてしまうかもしれない。僕と息子に、この未来はかかっているわけだろう?」
そこまで言ったとき、未来人は一瞬、はっとした表情を見せ、今度は眉をひそめたまま、目をつぶった。もう一押しか。博士が何か言おうとしたとき、
「わかりました」
未来人が先に口を開いた。諦めた表情で、口を斜めにして笑っている。緊迫しているが、どこか安心させる表情でもあるのが不思議だった。
「正直に話します。私は、あなたに【この未来】を好きになってもらうために最善を尽くすよう命令されています」
博士はすぐに理解できた。だからでまかせを言う。
「大丈夫。僕はもう、【この未来】のために最善を尽くすつもりでいるよ」
未来人は満足そうに一度頷いたが、「でも」と続けた。
「あなたと息子さんが救ってくださった人類が、今こうして復興し、元気に暮らしていることを…みな、あなた方に心から感謝していることを…可能な限りお伝えするのが私の役回りです。なぜなら、【最初の星の子】が、こう残しているからです。

 父さんは、僕が星を初めて食べたすぐ後に、未来のみんなに会いに行ったそうです。
 そしたら、みんながすごく楽しそうにしていて、
 父さんもみんなと楽しくあそべて、良かったと言っていました。
 そんな幸せな未来を創るために、父さんと僕はがんばりました。

彼の…あなたの息子さんの残した言葉は、私たちにとって、予言そのものと言えます。そのとおりにしなければ、そのとおりにならないのではないか。私たちは不安なのです」

「それに、タイムマシンは旅立ったすぐの地点へ戻れるのではないのですか?ここで長い時間過ごしても、息子さんへの影響は、少ないと思いますが」
確かに現代はそうだ。しかし、博士の心には【あの未来】のことがある。消えてしまった【あの未来】は今どうなっているか、分かったものではなかった。たとえ無意味だとしても、一刻も早く行動に移したい自分がいた。博士はこの正直な未来人に好意を覚え始めていたが、それよりももっと大きな感情が、今の博士には渦巻いていた。
そんな博士を見て、未来人が言った。
「あなたはどこか、【この未来】のことや、息子さんのこと以外に、別のことを考えているように思えます。差し支えなければ、今、何がご心配なのか話していただけませんか?」
ふと、博士が気づく。この未来人は、妻のことを知らないのか。この幸せな未来が、妻の…犠牲…の上に成り立っていることを。
(息子はまだ3歳で、妻に何が起こったのか分かっていない。そうか、僕は…妻に何が起こったのか隠したまま、息子を育てたのか…すべてを諦めて…)
しかし今の博士に、妻を救う可能性を諦めることはできないでいた。

「とにかくお互い正直になること。次に落ち着くこと。最後に笑うこと」

人類の発展を願ってはいるものの、身近なところでは友人もおらず、研究にばかり頭を使い、とかく人間関係でトラブルを起こしがちだった博士に対し、妻が口癖のように言っていた言葉を思い出した。

「実は、あなた方は知らないかもしれないが、【この未来】に変わる前、息子がその果実を身体から生やす前にあった未来…今や消えてしまった未来に…妻がいる。夜、見知らぬ大きな獣に襲われて、慌ててタイムマシンへ乗り込んだが…妻だけが取り残されてしまった。僕のせいだ」
博士は経緯をすべて話した。やはり、息子は妻について何の言葉も残していなかったらしく、未来人は必死に話の理解に努めていた。
「無駄足なのかもしれないが、今すぐに現代へ帰り、………息子の身体から星の果実をもぎ取って、【あの未来】へ戻りたいと思っている」
そこまで言った。未来人はしばらく黙っていたが、やがて顔をあげ、笑顔を見せた。
「よく分かりました」
しかし…と、すぐに困り顔になる。表情が豊かだ。この男が案内役に選ばれたのも、【この未来】を好きにさせる思惑のひとつなのかもしれない。博士は、まだ男を信用しきれずにいた。
「あなたは救世主、いえ、創造主といって良い存在です。しかしその前にひとりの人間。ひとりの旦那さんだ。お気持ちは分かります。協力もしたい。
けれどもし、あなたが歓迎会を欠席し、予定とおりの反応を得られないまま過去へ戻ろうとしたそのときは、暴力的な方法で、あなたを洗脳してしまおう。上の一部はそう言っています。私が止めても、それは実行されるでしょう」
博士の予感は当たっていた。
「それに…私も、この世界を失ってしまうのは…いや、でも…」
未来人は2、3度、深呼吸をし、また愛嬌のある笑顔を見せた。自分を奮い立たせているようにも感じられる。
「あなたは、私たちが抵抗することも、おそらく分かっておられたでしょう。それでも正直にお話してくれました。やはりあなたは【最初の星の子】の父だ。彼はこう残しています。

 父さんの口癖はこうです。
 「とにかくお互い正直になること。次に落ち着くこと。最後に笑うこと」
 みんなもこれを忘れないように!

 【この未来】における思想のひとつです。私も、この言葉をいつも胸に秘めて生活しています」

博士は言葉が出なかった。その代わりに、【この未来】を創ったもうひとりの自分を思い浮かべていた。
もうひとりの僕は…妻のいない悲しみの世界で、息子を救うために、妻に誇れる自分であるために、息子とともに必死に生きたのだ。先ほど、自分だけは星を食べなかったと聞いた。それはおそらく、これから星を分け与える人々を安心させるためだったのだろう。星を生やした者は、決して宇宙人などではなく、元は同じ人間なのだと、人間である僕と、星を生やした息子が一緒に歩くことで示していたのだ。わが身のことながら、その果てしない旅を続ける心情は、想像を絶する。
心が大きく揺らいだ。しかし、やらなければならない気がしてきていた。このまま何も言わずとも、少しの間、黙っているだけで、博士は驚くほどあっさりと、【この未来】の創造を約束しただろう。未来人はそれに気づいていながら、そうしなかった。

「しかし、当のあなたは、落ち着いていらっしゃるようですが、まだ、笑えていない。それは、この問題がとても難しいからでしょう。ひとりでは抱えきれないかもしれない。どうでしょう、ひとつ、提案があります」
「提案?」

過激派とは異なる別の上から、こういった場合の指示を受けていたのだろうか。
未来人が続けた話は、博士の思ってもみなかったものだった。

「ここから、さらに1000年後の未来を見に行きましょう。その未来が、いまだ人類の幸福に満たされたものであれば、創造主として【この未来】を創ることを約束していただきたい。しかし、そうでなければ…奥さまを救いに、ひとりの男として、未来に立ち向かっても、私は文句を言いません」


ふたりは施設の奥の小部屋に入った。この施設には、いつか博士が訪れたときのために、コップや皿、古い製法で作られた保存食が備わっているのだという。1000年前の人々が残したもので、未来人は水とクッキーを出してくれた。彼自身は、自然な手つきで左腰にぶら下がった星をひとつ、収穫して食べた。

今【この未来】が果たして理想郷かというと、実は判断が難しい、と未来人は言った。
「たしかに、食糧問題は解決しました。これは人類が文明を持ち、食物連鎖の頂点に立って以来の大進化でしょう。加えて、未曾有の危機を乗り越えた経験、そして【最初の星の子】が残した巨大な平和思想によって、争いは消え失せました。開発拡大や文明の発達は、交通手段にのみ特化され、ご覧のとおり環境に溶け込むような生活になりました」
「十分理想郷に聞こえるよ。たしかに、僕を不当に拘束、洗脳しようっていう輩がいるって話だけど、それは僕に限った話…つまり君の話ぶりからして、今僕の存在が、唯一の不安の種、ということだろう」
「あなたが、あがめるべき神でありながら、同時に恐怖の大王でもある、それは事実です」
未来人は苦笑した。同時に博士も笑った。

「けれど、唯一の不安、というのは正しくありません」
未来人は大学で史学を専攻していたと言った。
「1000年前の大転換期から始まったものですので、先ほどのお話どおり、そこには生物学や、思想学も多分に含まれます。ここからは生物学の話です。単純に、大転換期以前と現在を比較すると、寿命が3分の1程度になっている」
3分の1?
「1000年前当時の先進国の寿命をイメージしてください」
「90歳くらい。…では、今は30歳くらいで死ぬと?」
「そうです。これは徐々に短くなりました。700年前で60歳くらい。200年前に30歳。その後は横ばい。これ以上は短くならないと思われます。しかし、30年は短いでしょう?知恵がなかなか蓄積されない」
そうか、と博士は思った。乗り物や施設、服装、文字など、文明の発達が、当時イメージしていた1000年後ほどではないと感じた。文明とは「いかに楽に長生きするか」の追求だ。食糧問題が解決した上に寿命が縮まってしまったのでは、研究する間も、考える欲も生まれないだろう。
「…あなたは今?」
「25歳になります」
あと5年で死ぬのか。僕と同じ年になったら、死ぬ。
未来人は続ける。
「出産可能年齢は少ししか下がりませんでした。10歳くらいから、まあ、死ぬまで。死ぬまで元気ですから。その結果、今の総人口は、約10億人。1000年前に【最初の星の子】たちが救った人数の4分の1程度でしょうか」

博士は腕を組んだ。
「たしかに、我々の価値観で幸福度を測ってしまうと、理想とは言い辛いかもしれない」
未来人は「でしょう?」と笑った。屈託のない笑顔だ。
(あと5年で死ぬのに)
自分よりも若い、それも大進化を遂げた人間が、そんなに早く死ぬのか。
「星は人々に平和をもたらした代わりに、寿命を奪っていったと?まるで果実に意思があるみたいだ」
博士は思ったことをそのまま口にした。
「500年前、寿命が縮まっていることに深刻な不安を覚えた時期に、そういう論調があったようです。悪しき星を捨てよ、命を取り戻せと、声高に叫んだ一派がいた。しかし結果はこのとおりです。平和が勝ったんですよ。人類史上初めて、ケンカのない世の中をむさぼるように味わっていた時代でした」
そこにはきっと、【最初の星の子】による平和思想が強く影響していたのだろう。しかし、未来人は言わなかった。あざとい【この未来】アピールはやめたということか。博士は未来人に好感を抱いていた。

「結局、今も星の正体は分からないまま。別の未来から持ち帰った果実なんて、神話の世界です。今は寿命の短縮化が落ち着いているので、本当に平和そのものです。しかし、それが今後も続くのか。1000年経っても、人類の平和思想は保たれているか。あるいは星が作用して新たな進化をしてしまってはいないか…不安、いえ、」
未来人は深呼吸をした。
「興味は尽きません。死ぬ前に、私も未来が見てみたいんです。これは、非常に個人的なお願いです」
最後の最後で、未来人は再び正直になった。
提案は、上の意思を代弁したものではなかった。
「未来が幸福に包まれているかどうか、判断は創造主たるあなたにお任せします。私は、あなたが行動を起こすために必要なあらゆる手助けを約束しましょう。たとえ【この未来】を捨てる、結論を出されたとしても」

タイムマシンは片道分のエネルギーしか残っていない。2000年後の未来からとんぼ返りするために、【この未来】で充電を行うことにした。およそ1日半。その間、博士は気さくな未来人に連れられて、あらゆる歓迎の催しに出席した。
「救世主!」
「【最初の星の子】のお父上!」
「我らの父!」
ある人は大声で歌い、ある人は泣いて祈った。上、と呼ばれていた人々とも挨拶を交わした。現代とさほど変わらない。ただ、酒もご馳走もなかった。博士は水とクッキーでじっと空腹に耐えた。
夜になると、タイムマシンの中で寝る。緑のホテルは、落ち着かないからと断った。博士がタイムマシンへ戻ることについて、上の連中はおそらく胸中穏やかではなかっただろう。若い未来人が強く取り計らってくれたのだった。まあ、上、とは言え、年齢は彼とさほど変わらないのだ。すべてが若いと感じた。その若い空気は、早すぎる死が運んできている。

タイムマシンが十分にエネルギーを溜めるまで、結局2晩、泊まった。妻を見失った【あの未来】では、丸一日過ごすことも適わなかった。あのつかの間の幸福な時間が、懐かしい。

どうすれば良いのか、博士は決めかねていた。
「正直になること」と妻は繰り返し言った。しかし、自分のなにに従うことが、正直と言えるのか。すべては明日、2000年後の未来を見れば、すっきりと答えられるだろうか。

 




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