買い物に行くときによく抜け道に使う神社があるんだけれど、今日食材を調達した帰り道ではそこを通ることができなかった。夕暮れの透明な赤茶色に染まりながら、3人の男の子があそんでいたからだ。
おそらくこの3人は、いつの間にか神社を不法に占拠していたセミたちに呼びよせられたのではないかとにらんでいる。木にしがみつき、境内を自転車で跳ね回り、名前の思い出せない石で作られた水溜りに手をつっこむその光景があまりに絵になっていて、いつのまにか、夏をうだるものとしかとらえられなくなっていた煮詰まった灰色のうつろな大人を塗りこむ余地はないように思えてしまったので、僕はキャンバスに飛び込むのをやめた。
…いやいや、煮詰まった灰色なんて。まるでドラム缶に澱むコールタールみたいなだんて。いくらなんでもそれはちょっと言いすぎだろう、と今書いてみて自分で思ったけれど、まあ、それっくらい、輝いて見えたというわけなのだ。
昔から神社が好きで、神社は僕のものだというくらいに考えていたけれども、子どもの頃の僕のものだったのではないかと思い直す。オカルトな話をするとだんだんと僕の霊感も薄く平たくなっており、いっときにはUVカットも功を奏さないほどの濃い紫の空気が渦巻いていた僕と神社との心的な間柄は、今ではすっかり遠い親戚のような疎遠さを見せている。 霊感能力の真偽はさておくとして、要するに、今はもう多分、僕の片想いなのだろうなあと。
思えばセミのやつも大した肝っ玉を持っている。7年の不法滞在に騒音公害、挙句に放尿。人間なら立派な3面記事候補と言える。そこまで人様に迷惑をかけて、一体神聖な境内で何をするのかと聞いたところ、「恋愛と子作り」。おいこらてめえ、と摘んで捨てようとするやいなや「忙しい親に代わって、人間の子どものあそび相手をしてるんだもの。プライベートは大目に見ておくれ」 と。
まあ確かに。子どもと付き合うのは、一番大切な仕事かもしれん。僕も昔は毛虫に気をつけながら長いアミを振り回したもんだ。ツナ缶いっぱいに抜け殻を収集したし、夜は羽化も見つめたな。セミになる前から旅立った後まであそび道具に成り切れるとは、結構結構。最高裁判所は無罪を下した。
そんなわけで、3人の男の子たちをありがたく包み込む摩訶不思議な神様の住まいと、それを縁取る、夕焼けと、風の温度と、セミの音にしみじみとした懐かしさとうらやましさを感じながら、古いビルの屋上のような色をした僕の体はそっと身を引いたわけである。
泣ける話じゃあないか。
…別に泣ける話じゃあないか。(アクセント注意)